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2017年1月8日日曜日

【第7号先行紹介!】福岡国際バレエフェスティバル現地レポート


 みなさま明けましておめでとうございます。本年も新論説集「マージナリア」をよろしくお願いいたします。
 さて、今月下旬上梓予定の新論説集「マージナリア」第7号にさきがけて、今回は福岡国際バレエフェスティバルの評文をご紹介します。ほかにもテーマ「遊び」に関連した対談や国際交流企画など、さまざまな文章が掲載されていますので、発売された折にはぜひご一読ください!

▶第7号の購入方法(随時更新中)

http://ronsetsu-marginalia.blogspot.com/2014/02/purchase.html

▶福岡国際バレエフェスティバル現地レポート(本文はこちらのPDFの下側にも転載しました)




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■現地レポート
「独特の公演形態と安定した質の高さに将来性を感じた福岡発プロジェクト」



『Amor Vincit Omnia』
坂本莉穂、マシュー・パウリキ・シンクレア
(オランダ国立バレエ団)
Photo ©Kazuhisa Shiihara
本音を言おう。第1回福岡国際バレエフェスティバルは、観客だけでなく関係者の期待も良い意味で裏切ってくれた。さきに念を押しておくが、この公演を運営していたのは当日舞台に立ったダンサー自身である。そして彼らは1年以上もの間、国外で公演への準備を進めていたのである。そのような経営上のハンデを背負っていたにも関わらず、このフェスティバルは当初予想されていた以上の反響を呼び、日本バレエ界に新しい風を送り込もうとしている。
 私自身は微力ながらプロモーションビデオの編集などに携わった身であるから、公平な見地からフェスティバルを批評できる立場にあるとは思っていない。とはいえ、日本のバレエ界を巣立ち、ヨーロッパ内外のバレエ学校やバレエ団を現地で見てきた人間として、福岡の一角で始まったこのささやかな物語がなぜかくも特筆すべきものに思われるのか、ということを話しておこう。

 文学や音楽などでも同じことが言えるかと思うが、バレエには2つの鑑賞方法がある。
1つはその芸術的な価値を主観的に娯しむ方法である。簡単に言うと、それがいかに美しい作品なのかを各々の価値観から吟味することである。ふつう、観客がバレエを見に行く理由はここにある。
 もう1つは、社会的・歴史的な価値に目を配る鑑賞方法である。こちらはしばしば後世の客観的判断に委ねられるし、芸術と呼ばれるものの中には反体制的な表現が少なくないため、政治や宗教が表現の自由を制限してしまうと鑑賞はおろか、個々人の芸術活動そのものに支障が出る、という面があるのは事実である。
ただバレエという芸術はこのあたりの事情がさらに複雑だ。そもそも劇場という公共施設なくしては上演できない。劇場があっても、オーケストラや舞台美術、照明の協力が得られなくては、やはり始まらない。そもそも肝心の踊りだって、1人で務まるものではない。今回のように、それぞれが得意とするソロやデュエットの作品でガラ公演を構成するにしても、ある程度の上演時間が確保されるよう、さまざまなダンサーを招待する必要があるし、振付作品や音源の版権元に問い合わせたり、各出演者のスケジュールを調整したりと、とても芸術的とはいえない膨大な仕事が降りかかってくることになる。バレエはそのような裏方の仕事があって初めて成り立つ芸術であるため、地元の経済事情に寄与できるかどうか、どのような企画として売り込みたいか、といったことを勘案せずして一公演を催すことはできない。
 したがって、私が本当に驚嘆すべきだと思うバレエ公演というのは、まず経済的・社会的な需要に対応しており、なおかつ現在の人々の心に語りかけるようなもの、そういった現実と美のコンビネーションなのだ。どんな壮大なプロジェクトも、結果の見えないものは徒労に終わってしまう。今回の福岡国際バレエフェスティバルはというと、個人の手になる企画では稀にこの2つの条件を満たす快挙だったと思うのである。

 私が観劇したのは、7月27日に行われた福岡市内での公演である(翌28日には北九州公演が催された)。外海に面する福岡市はアジア諸国との交易を受け持ってきた独自の歴史を背景に、伝統工芸や歴史資源の観光利用、そして幅広い文化政策に力を入れている。フェスティバルの舞台となったアクロス福岡もまた、そういった一連の文化事情のもとで建てられた、現代的な建築の1つである。劇場や公共文化施設の閉鎖・改築が相い次ぐ東京都に比べると、将来的なビジョンのはっきりしたアートマネジメントが推進されている都市だという印象を受けた。
当日終演後の様子。
Photo ©Kazuhisa Shiihara
公演に参加した顔ぶれやそのプログラムも、決して他のバレエフェスティバルに劣るものではない。金銭的にははるかに大規模な公演、たとえばNBS主催の「世界バレエフェスティバル」やジャパン・アーツによる今夏の「オールスター・バレエ・ガラ」などと比べると、よりユニークな作品が多いといえよう。それら既出の大規模ガラ公演では、欧米で高く評価された演目の収集や、世界的な大スターの招聘に力を入れているのに対し、福岡の場合は地元出身の踊り手や次世代の若手振付家がその才能を発揮する場として機能している。公演としての水準を維持するためのハードルは前者よりも高いが、前者が一種「熟練者によるお祭り騒ぎ」と化しつつあるのに対し、こちらは参加者の真摯な熱意がひしひしと伝わってくる舞台であった。それはなにもフェスティバルの実行委員として奔走したフランク・ファン・トンガレンと武藤万知のみならず、舞台上を去来した一人一人について言えることではなかっただろうか。
 地元バレエスタジオの子供たちによる心温まるデフィレに続き、最初はノルウェー国立バレエ団の槇美晴とダウワ・デッカーズがサタネラのパドドゥを踊った。初々しさにあふれた2人の軽快な足捌きは、プログラム後半のカロヤン・ボヤジエフ振付『Different Futures』における水面をすべるような静けさと好対照を成していた。私はノルウェー国立バレエ団のジュニアカンパニーを率いるボヤジエフ本人が現地にまで駆けつけて指導している姿を垣間見たが、ノルウェーやオランダといった日本では見る機会に恵まれないバレエ団のダンサーを一挙に眺めることができるのも、このフェスティバルの醍醐味である。
『ディアナとアクティオン』
ヨエル・カレーニョ、ソーニャ・ヴィノグラッド
(ノルウェー国立バレエ団)
Photo ©Kazuhisa Shiihara
オランダ国立バレエ団からは坂本莉穂とマシュー・パウリキ・シンクレアが若き振付家ピーター・ラングの新作『Amor Vincit Omnia』を世界初演した。誰もが吐露したくなるような、積もり積もった心情がアルヴォ・ペルトの音楽とともに堰を切ってあふれ出るさまは、憂愁さえ漂わせるものであった。同じく世界初演であった河津由佳振付の『Die Verlorene Seele』では、ドイツ・シアターULMのデミアン・ナザバルが研ぎ澄まされた身体の隅々に全集中を傾け、緊張感みなぎる空間を生み出していた。一方、『ドン・キホーテ』のパドドゥを阿吽の呼吸で踊り切ったフィリピン出身のカンディス・アデアとキューバ出身のアンドレス・エスタベスからは他の追随を許さない気迫が感じられた。福岡出身である青柳理恵もまた、独舞の重圧を感じさせない思い切りの良さで観衆を惹きつけていた。
 筆者の所属するジョージア(旧グルジア)国立バレエ団からは主催者2名が『コッペリア』を、ヌッツァ・チェクラシヴィリと高野陽年が『グラン・パ・クラシック』を踊り、フランク・ファン・トンガレンはこれとは別に、ジャンルカ・シアヴォニ振付『La Strada』のソロも披露した。2組がそれぞれ全く意趣の異なるレパートリーを選び、各々の持ち味を発揮したことは、同バレエ団ダンサーの多様さを物語っている。来春東京で行われるニーナ・アナニアシヴィリのガラ公演でも彼らソリスト勢の姿が見られることを期待したい。
『コッペリア』
武藤万知、フランク・ファン・トンガレン
(ジョージア国立バレエ団)
Photo ©Kazuhisa Shiihara
この日、息つかせぬ動きの連続で観客を興奮の渦に巻き込んだのは、福岡公演のみに登場した、Kバレエカンパニーの中村祥子と遅沢佑介である。とりわけ中村祥子はその長い手足と稀有な音楽性で、奇才リアム・スカーレットの振付の数々を舞台空間にくっきりと浮き彫りにしていた。2人の踊る『Promenade Sentimentale』は、噴水からあちこちへ飛散する水粒が日の光を映して黄金に輝くさまを見つめているようであった。また、英国バーミンガムロイヤルバレエ団から出演した佐久間奈緒と厚地康雄は、英国バレエの二大巨頭ともいうべきケネス・マクミランとフレデリック・アシュトンの作品を披露し、抜粋を踊っているとは思わせないほど熱のこもった、その場その瞬間の説得力で観客を引き込み、情味豊かな空間を作り上げていた。最後に『ディアナとアクティオン』を舞ったソーニャ・ヴィノグラッドとヨエル・カレーニョは、経験で勝るカレーニョの卓越したサポート、そしてヴィノグラッドの目を瞠るような回転や跳躍がお互いを引き立て合っており、百花繚乱の超絶技巧を繰り広げるうちに、プログラムの掉尾を華やかに締めくくっていた。

 福岡国際バレエフェスティバルの第一歩は成功裡に終わったが、今後は2年ごとの開催を目指すというファン・トンガレンらを待ち受ける真の困難は向こう10年間に潜んでいるといっても過言ではないであろう。今年、このフェスティバルは福岡と京都で子供向けのワークショップを開催したが、世界中で活躍する福岡出身のダンサーを地元の観客に知ってもらおう、という当初の目的に忠実であろうとするならば、「上京」はあまり賢明な判断ではない。また、福岡のダンサーを中心とした公演を銘打つ限り、2年ごととはいえ出演者がある程度固定される可能性も否定はできない。そうした際、いかに新味を提供しつつ規模を拡大できるかというのが今後の大きな課題となるであろう。今回の公演は、地域にとって間違いなく画期的な企画であった。だからこそ、今後の足跡は長い目で見届けていきたいものである。

▶公演情報

「福岡国際バレエフェスティバル」
・2016年7月27日(水)19:00
@福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)
・2016年7月28日(木)19:00
@北九州芸術劇場大ホール

上演時間:約2時間半(休憩30分)
公式ウェブサイト
http://www.fibf.org/

(文・鷲見雄馬)



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