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1970年3月17日火曜日

第3号本の懸け橋(大川内)


理工系から見た記号論

by 大川内智海

 なるほど今度は書評ですか。テーマに沿って6 冊の本を紹介する。でもってそれがその本の「正しい」読み方でなくてもよいと。ううん、この雑誌の編集部のことだからどうせ評者の経歴に自然な形で根差した、それでいて一見奇妙に思えるような着眼点が好まれるんだろうけど……。えっ? 深読みするな? とはいえこの書評も合評会に回るわけですよね。前回の自由投稿みたいに理工系の専門用語が分からなくて読む気が起きないとか、哲学系の専門用語を当然のように頻用した文章書いてる人から意見されたくないじゃないの。確かに哲学が科学も含めた諸学の根だってのは私も
そう思うけど、でも数学やってる中学生に集合論とか測度論とか証明論とか叩き込めっていうのは何か違わない? はあ。測度論とか言われても分からない。でもさすがにサイコロを振って奇数の目が出たとき、その目が素数である確率は計算できるでしょ? じゃあそういうことですよ。
 しかしテーマか。質問なんだけどこれって先にテーマを決める必要ある? だからですね、適当に何冊か本を並べてみて、後から無理やり共通項を捻くり出してあたかもそれに沿って選んだようにするっていうのは。その方がアクロバティックで面白い感じになると思うんだけど。うん。好きにしていいのね。ならその方針で。
 だったら取り敢えず最近買って積んである本が。そう、これこれ。田中先生の『記号と再帰』っての。数年前までうちの学科で教えてたんだけど、私と入れ違いに九大に栄転しちゃって。自然言語一般の包括的なモデリングに取り組んでた人で、この本自体はプログラミング言語の記号論的な分析を通じて言語現象、というか人間の思考形式一般をうまく記述できないかっていうのを模索した野心的な内容で……。
 うん? はあ。いや確かにそうなんだけど。でも結局ソシュールは言語の共時態を重視したわけでしょう。裏を返せば言語の時間的な変化を捨象した分析にも価値があるというわけで、プログラミング言語が勝手に変わっていかないっていうのは、むしろ自然言語を分析するモデルとして好都合じゃない? 所詮ただのモデルなんだから。現実を直接描写しようったって、結局それを語るときには言語を通じてある意味モデル化する必要があるわけだし。
 モデル化というか、要するにモデルっていうのは広い意味での記号だと思うんですよ。記号論の記号。いや別にパースの肩を持つわけじゃないけど。でも記号論か。いいんじゃない。今回のテーマこれで行こうかな。ところで〆切いつだっけ。うん。あれ? 待って待って。そんなに早いの? 読んでる時間ないじゃん、この本。じゃあこれから読みたい本についての紹介ってことでもいい? うん。好きにさせてもらいますね。
 だったら先週駒場の図書館から借りてきたんだけど、これ。川出由己さんって人の書いた『生物記号論』ですよ。分子生物学をやっている人らしいんだけど、要するに生物機構において分子は記号的に振る舞うわけですね。いや、生物とか高校時代までしか真面目に勉強してないから正確じゃないと思うけど、例えばホルモンとかDNAとかまさにそうじゃない。記号っていうのは、ここではパース的な意味で。ええと、シニフィアンとシニフィエがコインの裏表なんじゃなくて、本当はそれらを結び付ける主体というか、解釈するという働きも大事だろうっていうやつ。そういう観点からするとDNA って正に記号だよね。受精卵がそれを解釈することで私たち個体が発生するわけでしょ。
 まあ、これも結構発想が飛んでるとは思うけど。先に本だけ選んでもいいかな? まだ手元にないんだけど本郷の生協書籍部で見かけた面白そうな本が……。ロボットとか人工知能の話で、あったあった。谷口忠大って人の『記号創発ロボティクス』ね。2000 円割るのか、後で買おうかな。いや先に商品説明とカスタマーレビューを確認して、はいはい。実際にロボットの知能を構築する過程から人間の心や知性に迫ると。つまり記号創発システムっていう概念をぶち上げたいみたいね。どこまで記号論と関係あるかは読んでみないと分からないけど、まあいいや。取りあえずこれも追加で。
 割と理工書に寄ってる気がする。いっそ理工系から見た記号論とか、そういう感じにした方が受けはいいかもね。適度に哲学におもねってる感じが。ともかくそれなら記号論理学は外せないでしょ。確か束論とか圏論と絡めてるのがあったよね。これだ。清水義夫の『記号論理学講義』って本。束論はどうせハインティング代数だろうけど、圏論ってトポスの話でもするのかな?おっ、再帰関数と様相論理の話も載ってるじゃん。でもこれ分厚いか難しいかのどっちかだろうな。まあいいや、どうせ読まれないだろうし。
 後2冊か。確か記号力学ってあったよね。もう記号論とか関係ないけど。力学系を記述するときに相空間を分割して記号を割り当てれば、相空間上の軌道とアルファベット列を対応させて議論できるってやつ。これがあると記号列を力学系と見なせて面白いんだけど……。えっ、日本語のテキストないの? じゃあ英語のでもいいや。“An Introduction to Symbolic Dynamics and Coding” ね、これにしようっと。ケンブリッジ大学の出版局だし内容は信頼していいと思うよ。もう私も余り読む気ないけど。
 最後は、ううん、よく考えたら記号論自体を扱った本がなかったよね。ソシュールとかパースだとありきたりだし、じゃあエーコでいいか。世界を記号化していくっていう発想自体が科学の根本的な手法であるモデリングと通底するし。本は普通に『記号論』でいいよね。日本語訳だと上下分冊になるけど、まあ気にしない方針で。
 じゃあこの6 冊で行きましょう。2400字だったよね。……はい? 面倒だからこのままでもって、何それ録音してたの?いやいや、最初の方とか割とオフレコでお願いしたいんですけど。いや字数的にもきりがいいってそもそもそういう問題じゃ。もしもし?



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