Phase 2: 大場悠大『宙ぶらりんの記憶』に対する、鷲見雄馬のexpression
平成二十六年三月二十九日
「君はなんて無機質なんだ!」
〈僕〉は彼の眼前で呟いた。「いいかい、僕に言わせれば、君ほどつまらない表情をした奴はいないよ……どうせ君はほうぼうであの何の変哲もない女に他所見ばかりしているに決まっているのだ、自分の顔をとくと思い知るがいいさ!まるで偽善者だ」
彼は黙っていた。午後の日はゆるやかに滑りはじめ、部屋の片隅に堆い塵のありかを曝けだした。
「君ほど掴みどころのないやつも、まあいないよ。だって君ほど輪郭の確かなやつを僕は知らない、君は感傷から最も遠い処にいるのだ。そのくせいつ見てもどこかもの悲しそうな顔をしてみせる、なんていう傲岸!」
彼はそれでも微動だにしなかった。眼前の風景に見入って、音楽に聴き惚れているかのような顔をした。だが返事はなかった。〈僕〉は半ば憤然として、部屋から立ち去った。
「ああ!」〈僕〉の不満など聴こえていなかったように、彼はそう思った。「僕はね、この鏡を覗くたびに、きっと〈彼女メモリー〉こそが僕自身を白日の下に晒けだしてくれる女神ヴィーナスのように思うんだよ。君には見えないだろうが、この鏡の向こうの〈僕〉こそが、〈彼女〉たちの見る僕自身なのだ。そして〈彼女〉たちを見ると、僕はいまここにいることがわかる。あらゆる感情が滝のように流れ込んでくるのがわかるのだ。それにしても、なんという懐かしさだろう、この感情は!まるで僕が、かつて鏡の外に存在していたかのようだ」
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